会長就任に当って:学会とグローバル化する技術

(電子情報通信学会誌 Vol.88, No.7, 2005)

齊藤忠夫 チーフサイエンティスト、中央大学教授、東京大学名誉教授


1.はじめに

 2005年から2006年にかけて、電子情報通信学会の会長に就任するに当って、日頃考えていることについて申し上げたい。 2005年は乙酉(きのと とり)の年である。乙は物事が始まる春を表わし、酉は太陽が没する西を表わす。矛盾する二つの文字の重なりは、古いものから新しいものへの転換の年を意味するといわれている。

 60年前の1945年には最初のコンピュータENIACが作られた。1885年にはダイムラーがガソリンエンジン車を作った。1765年はワットが蒸気機関を発明した年とされている。いずれの乙酉の年にも社会を新しく作りかえ、技術の主役の交替をもたらすような発明があった。 2005年には21世紀を明るい、活力ある社会とするような新技術の登場を期待している。同時にグローバル化は避けて通れない道である。産業界も学会もどのようにグローバル化を生かしながら発展してゆくか。グローバル化のなかでの技術と学会を考えたい。

2.情報時代の社会の牽引力

 技術の変化が社会を変化させることは、18世紀以降の歴史のなかで顕著である。技術は歴史上のさまざまな出来事にも増して世界を変えている。技術者はこの歴史を当然のこととして理解しているが、その歴史をさらに考えれば次の時代への大きな変化もその延長上に見えてくるのではあるまいか。

 いわゆる農業時代、工業時代、情報時代と呼ぶ時代区分は技術が明らかに世界を変えたことを表現している。それぞれの時代にはその時代を表わす技術による生産の成長が顕著になり、社会における富はその技術によって生まれ、社会は富を最大化するように変化する。この原動力が生活を変え、社会を変え、政治を変え、文化を変えてきたのが近代の歴史である。

 工業時代は動力機関の多様な活用により、世界的に社会を変化させた。技術の変化は1770年頃から生じたが、富の支配的部分が工業技術によってもたらされるようになるには100年を要した。富を生む技術の変化は富の生産を最適化するために社会を多様に変化させる。広く認識されているのは農業の時代から工業の時代にかけての就労形態の変化である。これによって人々の居住空間が農村から都市に移動した。家族の形態も大家族から核家族に変わった。義務教育に代表される教育の形も大幅に変化した。これ以外にもそれまで安定だと思われていた社会のあらゆる面が変化した。こうした変化は変化に直面した人々には多くの困難をもたらしたが、結果としてより形成された社会はより良い社会になったことは理解されている。

 この変化の初期には特に工業技術の応用による農業生産性の大幅な向上と、農産物の輸送システムの進歩による農産物価格の一貫したデフレーションが生じている。 19世紀の前半までは衣食に代表される需要は十分には充足されておらず、工業技術の応用による生産性の改善効果が顕著であった。 すなわち工業化の前半ではそれまでなかったような全く新しい製品が価値をもたらす効果は顕著ではなかった。

 19世紀の終わりからはそれまで存在しなかった多くの製品が工業技術によって作られ、新製品を軸とした新しい文化と価値の創造が行われた。自動車のような輸送技術、電気技術、通信技術がその代表的なものである。新しい技術がそれまでなかった需要を創造することによって過去の価値を減少させるデフレーションを脱却し、新しい価値を生み出す社会に転換したと言えよう。

 こうした変化は工業化のプロセスは各国で時間差をもって生じた。イギリスでは最も早く生じ、日本ではそのほぼ100年遅れの工業化が見られる。さらに日本より、数十年遅く変化を経験している国も少なくない。

 こうした社会変革の流れの中で20世紀の後半になると情報技術が現れ、農業生産性の代わりに工業生産性を画期的に向上することになった。情報技術は工業生産とその管理プロセスを自動化し、工業生産性の改善のために多様に活用され、工業製品の継続的価格低下をもたらしてきた。同時に工業生産に係る各種の条件の変化から、生産立地がいわゆる先進国から途上国に移動する現象も一般化した。

 情報技術の進展によって近年では製品を低価格化させるだけでなく新しい価値をもたらす製品も数多く登場している。電子情報通信技術の応用によって、従来の概念になかった新しい製品を作り出し、ライフスタイルと生活文化を新たに生み出すような事例が出てきている。技術は社会の不足を充足するものではなく、社会に受容されるような新しい文化を生み出す牽引力になっている。しかしその経済全体に及ぼしている効果はまだ支配的なものにはなっていない。これは工業化における19世紀中ごろの状況に対比できるのではあるまいか。

 情報化のプロセスは工業化のプロセスとは異なり、このような変化は世界同時に生じている。これが技術のグローバル化である。過去において見られたように、一部先進国で生じた現象が他の国に数十年の時間をかけて伝わるのではなく、世界同時的あるいは、各国文化と連動して、利用者主導で出現する。このような価値形成における日本、韓国をはじめとする極東の国々の主導性は世界的に注目されている。情報時代の国際競争力は、技術によって新しい文化を形成し、文化を世界に発信し、それをベースとして国際貢献を進めることによって生まれよう。グローバル化の時代のリーダーシップには情報の発信を迅速に進めることが不可欠であり、このための学会の役割は大きい。

3.電子情報通信技術の変化

 現在の電子情報通信技術の進展は電子回路形成技術の進歩に支えられている。LSIの高密度化の経験則であるムーアの法則は、コストパフォーマンスの改善をもたらしている。5年で10倍のコストパフォーマンスの改善は少なくとも1960年頃から現在までの継続しており、109倍の改善となった。この技術を活用したコンピュータ通信のような技術もこの45年間の間にコンピュータでは106、通信では104程度のコストパフォーマンスの改善を見ている。

 このような進歩の結果として、通信におけるブロードバンドの一般化も顕著である。電子情報通信技術の進展を新しい社会価値に結び付ける技術要素として一般家庭までブロードバンドが展開されることは不可欠であり、ブロードバンドが生み出す新しい社会価値への関心が世界的に広がっている。この分野では日本、韓国をはじめとする極東地域が世界的に注目されている。

図1 日本のブロードバンド加入者の成長
図2 日本のき線点光化率

 図1は良く知られた我が国における代表的な方式であるADSL、ケーブルTV及び光ファイバによるブロードバンド加入者数の最近の推移を表わしている。ブロードバンド加入者の総数は日本でも2000万に達しようとしている。ブロードバンドの方式として初期にはケーブルTVによるものが一般的であったが、2001年にはADSLが急速に伸びさらに2004年以降は光ファイバ加入の伸びが顕著になってきている(1)。光ファイバによるブロードバンド加入者の数はケーブルTVによるブロードバンド加入者の数を越えようとしている。

 ブロードバンドの安定な実現方式としては光ファイバによる方式が優れていることはもちろんである。最近ではADSLの純増が頭打ちになる一方、光ファイバによる加入者が上向く傾向がある。光ファイバ加入者では世界的にもわが国がトップにある。図2は光ファイバのいわゆるき線点光化率であり、全国平均でも70%を超える加入者に対してき線点光化が実現されている。このようなブロードバンド化が進む一方では電話の通話は顕著に減少している。日本における一般電話の利用は2000年をピークとし、それ以降年率15%の程度で通話時間数が現象している。

 インターネットのトラヒックはこうしたブロードバンド化を背景として急増している。総務省の調査では、インターネットサービスプロバイダ相互の接続回線の回線容量は2004年2月でほぼ1Tb/sと推定されている(2)。これに対して電話の接続時間で推定した通信量はその5%以下である。

 ネットワーク全体の容量の中で電話の通信量は1995年位までは大部分を占めていたのに対して、今日ではほとんど無視できる程度になった。インターネットのトラヒックは年率で2~3倍増加しており、インターネットトラヒックの支配的傾向は一層顕著になっている。

 これに伴って、音声のトラヒックはますますVoIPに移行している。ネットワークは伝統的な電話モデルからインターネットモデルに移行している。

 電話は多様に活用され社会の基盤となっている。組織間のやり取り、組織と個人のやりとりも電話を想定して形成された情報の流れに依存している部分も大きい。こうした社会、文化がネットワークの変化に対応してどのように変化し、どのように継承されるかは技術が生む通信文化の変化の先駆的な例として注目すべきである。

 このような変化は当然ネットワークビジネスの変化を生む。通信事業体も、通信機器製造業もこのような変化に伴ってその収益構造が変化し、収益の最適化を求めて事業形態を変化させ、一部の事業では縮小も顕著である。

図3 日本の通信産業の成長
図4 各国の通信の売上の成長

 しかし国全体として見れば、通信事業の売上げは一貫して大きく伸びている。図3は通信白書から見た日本における通信の売上げの変化である。1987年頃6兆円であった通信の売上げは2000年には3倍に達している。増加分の多くは携帯通信の売上げによるものである。ことは当然であるが、それ以外の部分もその伸びは顕著である。いわゆる失われた10年と呼ばれる期間にこのような成長を見せた産業は他にはない。これも情報社会に向かう大きな流れである。

 図4はOECD通信白書に見る各国における通信の総売上げの1991年~2001年のデータをいくつかの国について取り出したものである(3)。OECD各国の中で最大の年成長を示しているのは韓国の11.5%であるが、日本はそれに次ぐ10.5%の成長となっていることも注目すべきである。多くの国で7%~8%の大きな成長も見られるが、それに比しても日本は大きな成功を収めたと評価できよう。

 このような技術の変化とそれがもたらす生活、事業等の広範な変化は情報社会に向かう多様な変化の分かりやすい例である。いまその変化が生じつつあるという意味でも実感しやすい。こうした変化は今後他の多くの側面で生じ全体として社会を継続的に変えて行くと考えられる。変化を積極的に活用して新しい社会を作ってゆくことが世界的に同時に進行し、そのスピードが国際競争力になってゆくのが変革期における技術競争の特質なのではあるまいか。

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