
情報通信政策と通信学会
(電子情報通信学会誌 Vol.89, No.9, 2006)
齊藤忠夫 チーフサイエンティスト、東京大学名誉教授、中央大学教授
- アブストラクト
- 1. はじめに
- 2. 情報通信政策の組織
- 3. 情報通信政策の目標
- 4. 情報通信政策の特質
- 5. これからの情報通信の流れ
- 6. All IP時代の情報通信政策
- 7. 情報通信政策における学会の役割
- 8. むすび
アブストラクト
情報通信技術の分野では幅広い分野で技術革新が急速の進行している。 短期間に多くの技術が現れ、社会システムとして広まり、社会に貢献する。この分野では技術の秩序を保つための法制度と、技術の方向性を見極め、社会に定着させる情報通信政策が、技術の成功の鍵となる局面が多く見られる。そのためには、技術の本質を理解し、それぞれの立場を離れて社会のために新しい技術を役立てる方向性について議論しなければならない。本稿では筆者の経験に基づいて、過去半世紀の情報通信政策が何を目指したかを考え、今後の情報通信のあり方と、学会の立場について述べる。
1. はじめに
電子情報通信学会の担う分野は技術の進歩が極めて速い。会員各位は日々このような技術の進歩に大きな成果を挙げ、はげしい国際競争の中で、世界に貢献している。技術的研究開発を社会に役立てるためには、このような技術を迅速に市場に送り、産業化することが求められる。多くの技術分野で、技術が市場化する際に、研究開発の支援、産業振興、標準化等の面で政府の役割がある。技術の社会化にあってはその技術が社会の秩序を保ちながら利用できるようにすることついても留意が必要である。多くの技術では社会の秩序は自律的に保たれることが多く、このような場合には政府の関与は振興政策のほかは、独占の排除のような一般的な役割にとどめることが良いとされている。
情報通信においては、技術の進歩と変化が急速な中で、社会の基本的なインフラストラクチュアを安定に維持することが求められることが特徴であり、振興策とともに社会化した技術を運用する場面にも多様な政府の関与が必要となる。わが国の情報通信の進展に関連して最近の数十年でどのような考えで情報通信政策が進められ、今後どのように考えるべきであるのかは情報通信技術の研究開発な携わる会員各位の努力を実りあるものにするために重要な知識となろう。筆者は1998年から2002年まで4年強にわたって情報通信の秩序維持政策の実質的審議を行う後述の電気通信事業部会長を務め、その前後にも多様な分野で情報通信政策に係わった。その経験を基にして情報通信政策についての筆者の考え方を述べたい。
2. 情報通信政策の組織
|
| 図1 情報通信に関する政府の役割 |
情報通信の分野で政府の関与が求められる範囲は筆者の私見では図1のようにまとめられる。この内下段に示した振興策は多くの技術分野に共通であリ、政府では総務省情報通信政策局を中心に施策がおこなわれる。それ以外のブロックは情報通信の社会化に関する分野であり、政策は総務省総合通信基盤局を中心に行われている。多くの施策は技術の発展と変化に対応している。技術の発展を積極的にすすめ、それに対応した社会化のルールを定めることがもとめられる。実際の適用にあたってはルールとその実社会における相互作用を見極めながら運用してゆかなければならない。このため振興、ルール化、運用は一体として進められることが望ましい。多くの経済政策等で技術的な変化が緩やかで、過去の経験が有効に蓄積され、経験に基づく運用が可能なっている場合には振興、ルール化、運用を別な行政組織で行うのが良いとされることもあるが、技術進歩による変化が激しい情報通信ではその一般則があてはまらないと筆者は主張している。
|
| 図2 情報通信審議会の構成 |
こうした政策の多くは情報通信審議会電気通信事業部会を中心に調査・審議が行われる。情報通信審議会には大枠として図2に示すように、4つの部会・分科会が設置されている。この他に新しい問題が提起されるときには臨時に特別部会が設置されることも多い。これらの部会の下に委員会等の名称で多くの会議体がある。特に技術的事項に関してはこれらの下部の会議体で実質的な詳しい審議が行われることも多く、上部の会議体ではその要約のみが報告されることもある。 これらの会議は原則として全て公開されており、傍聴することができる。一部マスコミ等の関係者には上部の会議体のみを傍聴し、審議会では実質的な議論は行われないという評がなされるのを見かけることもあるが、これは審議内容を一部だけ聴いて全体を理解できると思うことから来る誤認識ではないかと考えている。筆者の意見ではその意味では下部の会議体に参加することは時間的にも負担は大きいが、最も興味ある議論を行うことができる。
審議会は関連する法律の考え方あるいは省令等を諮問に対応して調査・審議する。法律に関してはその後、国会に付議されるが、省令等においては審議会での結論を尊重して大臣による決定が行われるから、実質的には法律の枠内で、審議会で決定されると言ってよい。情報通信技術の急速な変化に対応し、電気通信事業法はほとんど毎年のように改正されており、省令等ではさらに頻繁に改訂の検討が行われている。
審議会への諮問は総務大臣から行われるから、審議会での審議はこの諮問の範囲に絞られることになる。諮問される事項は、総務省の政策に基づいて政府から起案されるほか、他の研究会等の会議体での議論の結果出る場合も多い。あるいは事業者等からの申請に基づいてその妥当性について諮問される場合もある。
このような政策は技術の変化とそれを受けた社会の状況に対応して変化するが、最近のブロードバンド化に対応して1990年代の終りに大きく変化した。筆者が電気通信事業部会長を務めた1998年から2002年までの時期はこうしたブロードバンド化に向けて政策の目標が定められ各種の施策が講じられたときであった。わが国は現在ブロードバンドの高性能性と普及を総合して世界に冠たる地位を占めている。これは関係者多くの努力と政策がうまくかみ合ってできた成功に導いた成果ではある。今後わが国の技術が継続的に高度に維持されるためにはこの成果を維持し、さらに発展してゆかなくてはならない。このため多くの関係者のビジョンある技術的貢献と政策に対する理解と関心を期待したい。
3. 情報通信政策の目標
情報通信政策の目標は技術の進歩を促し、進歩した技術を迅速に社会に還元し、新しい技術の市場を開拓し、その市場の成果をさらに技術開発にフィードバックし、さらに新たな進歩を促進することである。このような技術の成果の社会への円滑な伝達は全ての技術関連の政策に共通であるが、情報通信政策にはいくつかの特徴がある。
1. 情報通信の価値は接続可能な相手の数に依存するところが大きく地域的に広い展開が重視される。
2. 技術の変化が急速であり、性能の向上、コストの低下が著しく、これを迅速に実際のサービスに反映させることが求められる。
3. サービスが多様な部分の複合体として行われ、その間のシームレスな相互接続性が求められる。
4. ネットワークのなかで行われることは利用者からは見えない。このような状況において利用者が信頼感をもってネットワークを利用できる環境を整備することが求められる。
5. 通信は社会基盤であり、それに依存して多くの活動が行われる。したがって多様な変化のなかで、安定なサービスが継続され、非常時等においても通信が確保されなければならない。
技術の進歩を反映して情報通信政策の目標は過去にも色々な変化を経験している。最近の半世紀でそれがどのようになってきたかの大きな流れは次のようにまとめられよう。
(1)電話の普及
伝統的には通信技術は各国の国防と結び付いて考えられることが多く、日本でも欧州各国でも電信の時代から国営・独占で行われていた。第2次大戦後になって広く国民に対して電話を普及する考え方になった。この時代の通信政策の主題は技術的には不充分で、コストも高い電話をいかに広く普及させるかであった。このために重複投資を避け、エンドエンドの接続性を確保するために、端末も含めた一社の独占的なサービスが通信の持つ自然独占性を理由に各国で合法化され。これは、上記1の要素の重視され、通信の普及が政策の目標となったことを示している。
1960年代に入ると、通信ネットワークを電話以外の目的で利用するコンピュータ通信(日本ではこれをデータ通信と呼んだ)をはじめとする多くの利用が行われるようになった。これについてもコンピュータはネットワークの一部(端末)であり、コンピュータも電話会社が所有し、運営するものでなければならなかった。制約付きながら所有の分界点がモデムとコンピュータのインタフェースに移ったのは日本では1972年であった。これをデータ通信回線利用制度の創設と呼んだ。
このときなお電話の普及数は2000万であり、独占供給による電話の普及促進は必要であった。当時電話に加入を申し込んでも電話が接続されずに待たされることを積滞と呼んでおり、これが解消されたのは1979年になってからであった。このような努力によって電話が普及できたことは当時としては大きな成果であったが、これは電話技術が幼稚技術の時代を脱し成熟技術になってきた技術進歩を生かしたものでもあった。またコンピュータネットワーク技術の立ち上がり時期に、電話の幼稚技術時代の法制度(典型的には電話の独占体制の維持)を墨守したことが新技術の立ち遅れを招き、その後のわが国の技術競争力に悪影響を与えたことも否めない。これは技術の変化に対応した法制度の改定には困難が伴うことを示す一例でもある。
(2)通信の多様化と通信料金の低下
この後の通信政策の目標はデータ通信をはじめとする通信網の利用の多様化と、独占的供給によって高留りしていた電話料金の低下に移った。この目的で1984年には通信の競争導入のための電気通信事業法が制定され、1985年から施行された。これによって日本電信電話公社は日本電信電話株式会社となり、新たに民間からの新規参入が認められDDI(KDDIの前身)などが通信事業に参入した。このような政策転換は早くから電話が普及していたアメリカでは日本より20年近く前に始まり、その問題点、効果等政策上の留意点も学ぶことができたから、日本における政策転換は先達に学ぶ形を取ることができた。
技術進歩によってコストが大幅に低下していたのにも拘わらず高留りしていた長距離電話の料金は競争政策によって急速に低下した。技術の進歩を、サービスの多様化と料金の低下に反映させることを重視した政策は概ね成果を見た。また、多様化した技術によって使いやすく品質の良いサービスを保つこと、不採算地域を含めて全国的なサービスを継続することが求められることになった。 このために、多様な競争事業者の間で求められる相互接続条件、接続料金、番号制度などに解決を要する問題が生じ、技術に立脚した多くの新しいルールが定められた。こうしたルールの多くは審議会等で調査・審議された。ルールの内、法制度として強制的に遵守しなければならないものは多く省令として制定されたが、省令にしなくともすべての事業者が守ると期待されるルールは、事業者が自主的に守るルールとされた。
(3)ブロードバンド化
ムーアの法則に代表される半導体技術の進歩は多くの電子技術に応用され、今まで不可能であったことを可能にしてきた。ムーアの法則は半導体のコストパフォーマンスは5年で10倍向上するという経験則であるが、これが1960年頃から続いた結果、1995年には107倍に達し、これに対応してコンピュータをはじめとする多くの電子装置で大幅なコストパフォーマンスの向上が見られた。
しかしこの頃までに電話料金の総合的な料金低下は一桁に達しなかった。当然のことながらコストパフォーマンスの向上は需要の増大と単位当りの性能の向上を伴ってはじめて可能になる。通信の応用が電話に留まっていたのでは性能の向上にも限界があるし、世帯普及率が100%に近い状況では需要も頭打ちになる。
|
| 図3 加入者系光ファイバの整備率推移 |
技術の進歩を生かし高性能な通信を一般化するにはブロードバンド化が重要である。ブロードバンド化に対応して郵政省は1993年頃から検討を行い、1994年情報通信基盤整備プログラムとしてこれをまとめている。(1)これ先立ち産業振興の立場から電気通信基盤充実臨時措置法(1991年)などを活用した支援措置がとられており、これを活用光インフラの支援が行われた。このような振興策と各事業者の努力により、図3に示すように我が国の特に加入者系における光化の進行は世界的にも特記すべき状況になっている。
1997年には電気通信事業法の大幅な改正が行われ、NTTの持つ多様なインフラストラクチャを競争事業者が多様なサービス展開のために使うことができるようないわゆるアンバンドリングをはじめとする非対称規制が行われることになった。(2)
アンバンドリングのルールとは指定通信事業者の持つ各種設備を部分ごとにコストベースで貸し出すことを指定通信事業者に義務付けるものである。指定通信事業者とは県ごとに設備の50%以上を持つ事業者であり、日本では東西NTTのみがこれに該当する。アンバンドルされる設備はこれを使いたい競争事業者が申し込めば、技術的に不可能であることが立証されないならば、アンバンドルで貸し出さなければならないとされた。具体的なアンバンドル要素とそれにかかわる諸条件は各事業者からの申し出に従い、電気通信審議会電気通信事業部会で審議され、その答申を受けた、接続契約約款として認可されて公表される。(事業法第33条)
|
| 図4 日本のブロードバンド加入者の推移 |
ADSLに使用する回線帯域の一部のアンバンドル化は2001年7月に審議会答申され、(3)我が国におけるその後のブロードバンド発展の原動力となった。図4に示すように2001年以降、我が国のADSLの普及は顕著であり、最近になってより大きな伸びを示すようになった光ファイバによるブロードバンド化に先立って、インターネットの進展の原動力となった。
(4)さらに多様な通信サービス
2003年までは電気通信事業者は伝送設備を有する第一種電気通信事業者と設備を有さない第二種電気通信事業者に分類され、前者は許可を要し、後者は規模により登録あるいは届出を要するとされていた。2003年の事業法の改正ではこれらをすべて登録制にし、一種、二種の区別がなくなった。1985年当時、第一種業は大規模な設備投資を持つ大企業であり、第二種業は小規模なノードを持つ比較的影響の小さい小企業であるという想定があった。しかし、次第に全国的な規模を持つ第二種事業者や、無線LANプロバイダのような一部の地域だけでサービスを行う影響力の小さい第一種事業者が現れるようになった。この法改正はこのような小規模な設備を持つ事業者にまで許可制を適用する必要はないと考えられるようになった状況の変化に対応している。同時に通信料金についてもそれまで取られていた認可制が廃止され、料金を含めた契約約款は基礎的サービスについては届出制となった。(事業法第19条)さらに届け出られた料金より低い料金で契約することもできるようになった。これがいわゆる相対(あいたい)取引料金である。
このような2003年法改正はさらに多様な事業者が多様な条件でサービスすることを想定し、これを促進するものであった。
以上、半世紀ほどの我が国の通信政策の流れとその変化は急速に進歩する技術を受けて、技術を迅速に社会に還元できるようにする努力を示している。このようにしてできる社会の通信ネットワークは社会経済の基本となるインフラストラクチャであり、それをもっとも高度な状況に保つことが国民生活を向上させ、国の競争力を高める基礎になると言う意味で、適切な通信政策の重要性がますます大きくなっている。
|
| 図5 日本の情報通信産業の名目国内総生産 |
このような努力を通して日本の通信産業の売上げは図5に示すように大きな伸びを示している。図5は情報通信白書によるデータであるが、1990年代の10年間内に売上げは急速に増大している。図には示されていないが、情報通信白書によれば、1985年の電気通信事業法施行以降2000年までの売上の延びは3倍に達する。2000年以降、名目値は頭打ちになっているが、値下がり傾向を除いた実質値ではさらに大きな伸びを示している。これは近年の通信政策が全体として大きな成功を示しているものと言える。
このような電気通信事業の拡大は厳しい競争を伴ったものであった。したがって全体として大きな伸びを示しているにもかかわらず、個別にはその拡大を享受できた事業者と、そうでない事業者があらわれることも競争の性格上やむを得ないことである。このような変化が全体として社会のひずみに結びつかないようにし、全体として活力ある社会にするためには、個々人の考え方を含む社会全体の理解が不可欠であることも教訓となろう。


