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4. 情報通信政策の特質

 前節で筆者が直接係わることができた短い歴史の中での情報通信政策について見て来た。通常これほど急速に技術が変化する分野で、全体を見た秩序のために政策的かかわりが不可欠な分野は少ないと思われる。全システムの秩序が求められる鉄道や道路においては幅広い政策的関与があるが、技術的には比較的安定である。技術の急速な変化の中で、それに対応して新しい政策目標を明確にして推進して行くことが、世界をリードして情報通信社会を作ってゆくためには不可欠である。

 この中で多くの利用者が円滑に通信網を活用し、社会の基本的インフラストラクチャとしての性質を維持してゆくためには、サービスの安定性が不可欠である。急速な進歩とサービスの安定性は背反する要求である。技術の変化で生ずる新しい課題にはこれを解決する萬能薬は存在しない。

 さらに問題を複雑にするのは、過去の法制度の下にある関係者の利害である。多くの事業者は与えられた法律あるいは省令等に対応して業務を行っている。特に競争環境においてはこれらの法制度が競争ルールとなる。これが変更されることになると、ある事業者には有利となり、他には逆の作用が及ぶ可能性があり、法制度の変更に対しては賛否が分かれることが少なくない。

 これらの法制度ができるときには、そのときの技術、社会状況に対応して、多くの議論のうえで法制度が定められる。しかし急速に変化する技術の中で法制度の多くは時間が経過するにつれて適合しなくなることも少なくない。そのときなお、法の下の平等のためには、適合しなくなった法制度を維持することが求められることもある。このとき一般には上記利害から法制度の改正が遅れることもありありそのような時、規制全体を悪とみなす意見が強くなりがちである。状況の変化に対応して利害を超えた迅速な合意と判断が求められる。

5. これからの情報通信の流れ

 新しい技術が情報通信のサービスとして社会に使われるようになるとき、多様なサービスを自由な発想で広げてゆくことが望ましい場合と、サービスが広く使われるためにはサービスに一定の秩序が望まれる場合がある。情報通信サービスでは、通信できる相手の数が多いほどその価値も増大するという価値の外部性が存在する。このため端末間で相互接続できないような状況が発生することは避けなければならない。その意味では自由な発想だけではすまない面が少なくない。

 通信の品質、セキュリティ、利用者から見た安心感、非常時等における通信の確保もこれを競争環境で実現するには競争を越えて秩序が必要になる。この他に、利用しているサービスが突然なくなるというようなことが発生しないようにする継続性、サービスを多目的に利用できる多目的性、サービスが地理的に広い範囲で利用できるという意味でのユニバーサルサービス性、ハンディキャップをもった人の使いやすさを確保するユニバーサルアクセス性などは単なる自由競争では達成しにくいが、情報通信サービスとしては求められる性質である。

 このような秩序は通信サービスがアナログ電話を中心としていた時代には、長い期間かけて、安定に保たれる仕組みになっていた。新しい技術を一般化させるプロセスの中で、技術の変化と秩序の維持をどのようにバランスしてゆくかは大きな課題である。

 一般の経済活動においてはサービスの向上と価格の低下のためには競争が重要であるとされている。競争を促進するための法制度としては独占禁止法制が一般的に機能する。情報通信の世界で、価格の低下とサービスの向上インセンティブとしても競争環境が重要であることは言うまでもない。しかし情報通信においては、常に新技術が創出され、これを秩序を保ちながら実現してゆくことが求められることに、一般の競争政策だけでは充分には機能しない一面を有している。

図6 法制度と技術の関連

 新技術が起こり、これが事業として直接に採用できる場合には、それまでの法制度が機能することもある。これが図6(a)の流れである。情報通信ではこれに対して技術を事業に結び付けるために、技術を秩序をもって社会に普及してゆくための新たな法制度が不可欠なことも少なくない。これが図6(b)の流れである。過去においても、たとえば、ブロードバンド化のような革新的技術の場合にはこれを一般に普及するには、新しい法制度が不可欠な面もすくなくなかった。革新的情報通信技術はこれからのわが国の発展のために不可欠なことは言うまでも無い。それに携わる学会会員諸氏に情報通信法制度について適切なご理解をお持ちいただきたいところである。

 法制度が永久不変で、どのような技術についてもそれを永久に適用し続けられるということはない。法制度は技術の変化に対応して改正・適合してゆかなければならないのである。

6. All IP時代の情報通信政策

 ブロードバンドネットワークをさらに発展させ、より多様性に富む経済的なネットワークを実現する目的で、今後数年間にわたって、従来個別に作られて来たネットワークをAll IP化によって共通化することは幅広く合意され、通信事業者各社の共通の計画になっている。多くの通信事業体が5年以内にそれぞれのネットワークをIP化することを計画して発表している。ITU-T、ITU-Rも、次世代のネットワークの核としてIP技術を位置付け、ITU-TではNGN(Next Generation Network)、ITU-RではB3G(Beyond 3 Generation)と名付けて、IPによるネットワークの標準化を進めようとしている。

図7 Beyond 3Gネットワークの概念図

 図7はITU-R勧告M.1645から引用したB3Gのネットワークの概念図である(4)。ネットワークは多くのアクセス手段とこれを相互に接続するIPv6コアからなり、これに制御機能等を実現するサービス機能が外付けされている。

 通信政策の立場からすれば、利用者にとっての性質、ネットワークの発展性、公正競争等の立場からネットワークに求められる性質が、従来型のネットワークとIPネットワークでは異なる可能性がある。

 従来型のネットワークはサービス識別ごとに独立したネットワークが作られている。サービス統合網という言葉もあったが、それは何かのネットワークに、サービスを付け加えるにすぎない。IP網では電話で一般的であった地域、長距離、国際のようなサービスの地理的範囲に対応してネットワークを分けることも技術的には不自然になる。IP技術によって固定通信、携帯通信、放送等従来の通信の範囲を越えて、単一のネットワークで実現するのが最も基本的であり、これを従来の枠組みで分割することに技術的意味はなく、あえてそのようにすれば、従来のフレームワークにこだわったために、利用者にとっての有用性を失わせる設計になったと非難されることになろう。

図8 ITU-TにおけるNGN(New Generation Network)におけるサービスとトランスポートの分離

 一方、IP技術では情報を伝達するトランスポート機能と、トランスポート機能を管理、制御するサービス機能が分離する。従来型の例えば電話網では伝送機能とこれを管理する交換機能が一体化しており、多様なサービス機能は交換機能と一体化していた。ITU-Tでも図8で示すようにNGNの中で、これをトランスポートストラタム、サービスストラタムとして明確化している(5)。

 多くの通信事業者のネットワークに対するIP化において、この考え方に沿ったネットワークが構築されている。残念なことに多くのネットワークにおいては事業者ごとにこのようなサービス機能とトランスポート機能が実現されている。IP網の利用態様によって、アドレス解決の後は、IPアドレスを付けたパケットを転送すればよいような場合には事業者間のIPトランスポート機能のみを利用すればよいから、事業者ごとにネットワークが構築されても大きな問題は発生しない。しかしより高度なサービスは事業者ごとにサービス機能が動作し、事業者間のサービス機能の連携が充分に行われない場合も少なくない。

 インターネットのプロトコルでは元々トランスポート機能全体を一体と見なしている。サービス機能がトランスポート機能の提供者に依存することなく、トランスポート機能を制御する。このため、トランスポート機能の境界に対応してサービス機能が存在するような分断された環境は想定していない。事業者間のサービス機能の連携はサービス機能がトランスポート機能を事業者横断的に利用できるようにする場合に比べて、プロトコルを複雑化し、ネットワークの融通性を低下させるのは否めない。

図9 サービスとトランスポートの分離の実現形態

 図9はトランスポートストラタムとサービスストラタムを実行するネットワークを事業者ごとに構築する場合(a)と、事業者ごとに構築されたトランスポートネットワークを横断的に各サービス機能が制御する場合(b)を模式的に示している。

 図9(a)に示すような事業者ごとの閉鎖性は、従来型通信ネットワークのコンセプトでIPネットワークを考えるときには、容易に出て来る考え方であり、また事業者ごとにネットワークを閉鎖することによって、利用者の利用できるネットワークを限定して、利用者を確保しようとする意図からも便利なものである。

 しかし同時にIP技術が本来持っているオープン性を低下させ、相互接続を複雑にする。存在するトランスポート機能を活用して新たなサービス機能によって事業を工夫する余地も小さくなる。このような意味で利用者の利便性を向上し、ネットワークの活用の多様化を促進するにはトランスポートとサービスの分離が行われていることが有利であることはもちろんである。

 2003年以前の電気通信事業法の体系では、トランスポート機能を提供する事業者は第一種事業者であり、サービス機能のみを提供する事業者は第二種事業者である。2003年事業法ではこの区別はなくなったが、共に電気通信事業者である。しかしIP技術ではサービス機能のみを提供する事業者はその機能を持つ装置を世界中どこに設置しても同様にサービスを実現できることも考えておく必要がある。他方、トランスポート機能を提供する事業者はそれぞれの地域に対応して設備を設置しなければならない。

 ブロードバンドネットワークの利便性を向上し、広く普及させ、生活の中で安定的に安心して使うことができるような品質とセキュリティの向上が行われるようにすることがAll IPネットワークの中に求められる。このような社会的要求を新技術の中で実現するようにするにはどのような政策が望ましいのかは世界に先例を見ない情報通信政策の課題である。ここでも技術と法制度、運用を一体化した注意深い政策の形成が求められることになる。

7. 情報通信政策における学会の役割

 近年の技術的発展の中で電子技術の発展は顕著である。このような技術を生み出しているのは、情報通信技術の研究開発に携わる学会会員である。こうした技術は世界的にビジネスとして成功し、広く活用されることが求められる中で、通信政策はその活用の条件となることが多いという意味で極めて重要である。

 また新しい技術の活用の条件を形成するためにはその技術的知識が重要である。我が国でも諸外国でもこうした条件を政策として有効に決定できることが、技術の活性化と社会的活用のために重要であるという認識は広がっており、その事例も重ねられている。

 こうした活動を支援するために、総務省の審議会等にも数多くの会員が参加しており、技術的知識とより広い社会的立場から調査、審議が行われている。審議会等においては、その決定がその会議体の構成員の所属する組織の利害等に係わる議論が行われることも少なくない。当然調査・審議に当っては、各関係者がどのような利害を持つかを知ることは極めて重要であるから、会議体に参加する役割として積極的に組織の立場を述べることが必要な場合もある。しかしまた、組織の立場を離れて広く社会の立場から議論することが求められることも少なくない。

 分野によっては会議体の構成員がこの両方の立場を充分に区別しないで審議に参加していることもないことではない。しかし技術の変化によって多くの事業体の業務条件が大きく変化する可能性のある情報通信技術分野では、組織中立的な考え方が重要になることは当然である。

 情報通信技術分野においては標準化が重視される。標準化は製品の設計、販売、利用にも重要である。標準化された製品が世界的な市場で成功すれば、特に設計にかかわるコストが大きい製品では大きな価格競争力を持つことになる。標準化が技術的に論ぜられる限り、政策は中立的であろう。安定的で、秩序あるサービスを実現するために標準化が不可欠である場合には政策が標準を活用することになる。

 標準化を推進する組織としてアメリカにおいては学会であるIEEEの活動が顕著である。これは学会がより広い意見を標準化に反映させる場として有効であるという理由によるものであろう。我が国においてもISO、IEC等の国際活動に対応する国内委員会の受け皿として学会活動が見られ、電子情報通信学会はIECの活動に参加している。

 国際標準化活動としてはITU、ISO、IEC等のデジューリ標準から、国の集合体ではない専門家の集まりによる標準化活動によるデファクト標準の比重が高まっており、IEEEはその傾向の代表的なもののひとつである。IEEE発の標準が注目されるようになるにつれて、電子情報通信学会のデファクト標準に対する貢献を期待する意見も強くなって来ているように思われる。現在まで当学会にはデファクト標準化活動に向けての具体的動きはないが、その検討が進むことも期待される。

8. むすび

 情報通信技術の進展の中で、政策形成と学会員との関係についても変化が生じて来ている。こうしたことに学会員が参加することは“政治的なことは発言するべきではない”というような言い方で避けられてきた歴史もある。筆者自身、情報通信政策に技術者が関与すべきでないと言われたことも過去においては少なからずあった。

 ブロードバンド時代とその後の発展の継続にどのような情報通信政策が有効であるかは、世界に先例はない。こうした状況で政策形成に貢献するためには技術の本質の理解が不可欠である。今後技術の本質を理解した方々が通信政策に適切に関与することがますます重要になろう。新しい政策は既存の事業体の利害と対立することも少なくない。こうした利害を理解しつつ、技術的知識に基づいて、中立的な考え方を出してゆくことが必要となってきている。

 今後多くの場面で当学会員にこのような役割が求められてくることが予想される。技術の詳細の知識を持つだけでなく、技術の本質の理解に基づく高い視野での見識を持つ努力が一層求められる。

参考文献

(1)電気通信審議会答申:21世紀の知的社会の改革に向けて 平成6年5月

(2)電気通信事業法の一部改正する法律(平成9年法律第97号)

(3)情報通信審議会:IT時代の接続ルールのあり方について(2001年7月)

(4)ITU-R勧告 M.1645 Framework and overall objectives of th future development of IMT-2000 and system beyond IMT-2000 (2003)

(5)ITU-T勧告 Y2011 General Principle and general reference model with Next Generation Networks (12/2004)